2019-01-09
ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ展
NHK 日曜美術館で東京での開催を紹介された際に、巡回先として北九州市美術館が出てきたのを見て以来、待ちに待った展覧会だった。学生の時に、図書館所蔵の画集を熱心に観ていたのを思い起こす。北九州市は新幹線で通った事しかなく、この美術館に行くのも初めてだったので訪問のスケジュールが立てづらかったが、時間を余分に見立てて取りあえず行ってみる事にした。
福岡市天神のバスセンターから三種類のバスを乗り継いで、丘陵地の上に建つ美術館へ到着。石をふんだんに使った豪奢な美術館だった。
- ミセレーレ 1「神よ、われを憐れみたまえ、あなたのおおいなる慈しみによって」1923年
- ミセレーレ 7「自分を王だと信じているが」1923年
- ミセレーレ 8「自分の顔をつくらぬ者があろうか?」1923年
- ミセレーレ 22「さまざまな世の中で、荒れ地に種撒くは美しき業」1926年
- ミセレーレ 29「われを信ずる者は、死すとも生きん」1923年
- ミセレーレ 34「廃墟すら滅びたり」1926年
- 青い鳥は目を潰せばもっとよく歌うだろう 1934年
- 聖顔 1933年
- ヴェロニカ 1945年
- キリスト(受難)1953-1956年
- サラ 1956年
- 受難 6「キリストと貧者たち」1935年
- 受難 9「この苦しむ人を見よ」1936年
- 三本の十字架 制作年不詳
- 聖心 1929-1939年
- キリストの頭部 1939-1945年
- 飾りの花 1947年
- 盛り花 1 1949年
- 聖心 1951年
- キリストと漁夫たち 1947年
いつものように気に入った作品を列挙してみたが、驚いた事には(どちらも紙の作品だが)ミセレーレと受難のシリーズ合わせて75点はこの美術館の所蔵品であった。知らなかった。
考えてみれば、宗教画だけが掲示されている空間に身を置くのは初めてのような気がする。何処を見てもキリストの顔や磔刑にされた姿が視界に入るし、楽しげな雰囲気など微塵もない。それでも自分の裡に滲み出てくる何かが在る。そのような感覚であった。
観ている最中はずっと、頭の中でベートーベンの交響曲7番の第二楽章が流れていた。何故そうなるのか思い当たる節が何もないのだが、ルオーの描く絵と第二楽章の間に何かしらの共通する印象があるのかも知れない。上でリンクしたウィキペディアの記事に書いてあるが、ワーグナーがこの楽章をさして「不滅のアレグレット」と呼んだそうだ。キリストの受けた苦難や、十字架を背負いゴルゴタの丘へと歩く様子から受ける印象が、何処となく似ている気がする。
展示の最後部、「聖書の風景」と題された区域に提示された絵にはスポットが当てられており、一番明るい部分がハイライトとして浮かび上がっていて、宗教画の見せ方として効果的だったと思う。
2018-05-29
至高の印象派展 ビュールレ・コレクション
印象派の絵はそんなに観なくても良いかと思っていたが、日本初公開の絵が半数であるようだし、一応観ておくかと九州国立博物館の展覧会に行ってきた。平日昼間なのに客が多く、やはり日本では、印象派の絵は人気があるのだなあ。それではいつものように気に入った作品を羅列する。
- アングル夫人の肖像 ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 1814年頃
- 彫刻家ルブッフの肖像 ギュスターヴ・クールベ 1863年
- ピアノ前のカミュ夫人 エドガー・ドガ 1869年
- サン・マルコ沖、ヴェネツィア フランチェスコ・グァルディ 1780-85年
- カナル・グランデ、ヴェネツィア アントーニオ・カナール(カナレット) 1738-42年
- ブージヴァルの夏 アルフレッド・シスレー 1876年
- 14歳の小さな踊り子 エドガー・ドガ 1880-81年(原作)1932-36年(鋳造)
- イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ) ピエール=オーギュスト・ノワール 1880年
- 自画像 フィンセント・ファン・ゴッホ 1887年
- 日没を背に種まく人 フィンセント・ファン・ゴッホ 1888年
- ヴァイオリニスト ジョルジュ・ブラック 1912年
アントーニオ・カナールの精緻でパンフォーカスな風景画や、アルフレッド・シスレーが立ち上がる夏を描いた「ブージヴァルの夏」がとても良 く、エドガー・ドガの「14歳の小さな踊り子」が展示されているとは思わなかった。何だか得をした気分。そして、ジョルジュ・ブラックの「ヴァイオリニスト」が意外にも観ている人が多かった。
2016-08-31
東山魁夷展
東山魁夷についてはちょっとしか知らなかったし、そのちょっとしか知らない中で「あまり興味は持てないかな」と思っていたので、九州国立博物館で展覧会が始まっても、8月に入って急に忙しくなった事もあって、何となく見送っていた。しかし、観に行った知人が良かったと言っていたし、ちょうど時間が少し空いたので、展覧会終了二日前の土曜日に無理矢理行ってきた。
ごく簡単に結果を言えば、予想以上に混雑していたし、予想以上に良かった。混雑しているのはまぁ、終了間際なので仕方がない。良かったのは自分でも意外な気がしたが、考えてみれば、これまでに観ていなかった作品が数多く展示されており、良いと思ったのはほぼそれらの中に在ったので以外だと感じるのは当然であった。寧ろ、何故これらの作品がもっと前面に出て来ていないのだろうと不思議に思ったくらいだ。それではいつものように、以下に列挙する。
- 秋翳 1958年
- 白夜光 1965年
- 月篁 1967年
- 春雪 1973年
- 晩鐘 1971年
- 桂林月夜 1976年
- 唐招提寺御影堂障壁画 山雲 1975年
- 唐招提寺御影堂障壁画 濤声 1975年
- 唐招提寺御影堂障壁画 黄山暁雲 1980年
- 唐招提寺御影堂障壁画 揚州薫風 1980年
- 唐招提寺御影堂障壁画 桂林月宵 1980年
特に良かったのは「秋翳」と「白夜光」。人が遠景の中に、気の遠くなるような静寂を見つめる時のあの感覚が、まざまざと蘇って来た。これまで絵画を観てそのような気分になるのは初めてのような気がして、とても素晴らしいと思った。
それと、唐招提寺御影堂障壁画の襖絵が良かった。これらも吸い込まれてしまうような感覚を呼び起こす絵だが、それを襖絵にするという発想が素晴らしく、これらの絵に囲まれた畳の部屋で数時間を過ごしてみたいと思った。
因みに、変わり際に売っている図録を眺めてみたが、上記の絵を実際に目にした時の感覚はまったく起きなかった。それは画面の大きさのせいなのか、それとも印刷によって色彩が呼び起こす効果が失われてしまったのかは判らないが、それが得られないのなら必要ないと思って買わなかった。
2016-05-31
色彩の奇跡 印象派展
そう言えば福岡県立美術館には帰福してから、どころかもう25年くらい行ってないなと思い出し、ついでなので展覧会にも行ってきた。
これまで印象派の絵画はそれなりに観てきているし、好きな絵は何枚も在る。しかし勉強はしていなかった。西洋美術史の授業は出席するだけでまともに耳を傾けた覚えもない。なのでこの展覧会は、改めて学ぶ良い機会となった。前身となるバルビゾン派から始まり、印象派の形成、そして新印象主義・象徴主義・フォービズムと連なる流れをほぼ時系列に展示しており、僕は初めて印象派が発生した意味を理解した気がした。
展示内容はどちらかと言えば地味な作品が多かったが、光が色彩となり、それが目の前の事象として構成されている作品がもっともそれらしいような気がする。以下にそれらを羅列する。
- 「エクス=アン=プロヴァンス西部の風景」ポール・セザンヌ 1885年頃
- 「タチアオイの中に立つ子供」ベルト・モリゾ 1881年
- 「セーヌ川、クルブヴォワにて」ポール・シニャック 1883年
- 「アルルのはね橋」フィンセント・ファン・ゴッホ 1888年
- 「ラングランド湾」アルフレッド・シスレー 1897年
- 「川辺のプロムナード」アシール・ロージェ 1888年
- 「北海沿岸の村」アルフレッド・ウィリアム・フィンチ 1889年頃
- 「サン=トロペ」マクシミリアン・リュス 1892年
- 「コルシカ島、古い風車」アンリ・マティス 1898年
- 「パリ郊外」アルベール・マルケ 1899年
- 「フルーリの家」キース・ヴァン・ドンゲン 1905年
- 「シャトゥー橋」モーリス・ド・ヴラマンク 1908年
- 「フラウエンキームゼーにて」ヴィルヘルム・トリューブナー 1891年頃
- 「庭に佇む画家の3人の娘たち」フリッツ・フォン・ウーデ 1885年頃
2015-09-10
肉筆浮世絵の世界展
8月中には行くつもりだったのに、なかなかタイミングが掴めずに9月を越えてしまった。しかも実際に会場へ行ってみると、8月と9月では一部展示作品を入れ替えたようなので、その分を観る事が出来なくて悔しい限りである。悔しいので図録を買った。
浮世絵の展示は掛け軸が多く、それが粒ぞろいのものばかりであった。しかしあまりに揃っているので展示自体の変化に乏しいという印象を持った。そこが何となく残念。変化があったと言えばいろんな絵師が描いた扇絵と、河鍋暁斎の新富座妖怪引幕だろうか。暁斎が描いた掛け軸も幾幅かあったが、やはりこの絵師が描く物は好きだなあと思った。
途中、春画のコーナーだけは入口に学芸員の見張りが付き、「十八歳未満は入場不可」の立て札が立っており、暖簾を潜って中へ入るようになっていた。予想に反して女性客が多く、年齢層は20代から70代くらいまでと幅広く、目配せし合いながら楽しんでいる年輩の女性客も居れば、真剣な面持ちで見つめている若い女性客も居た。しかしやはり、そんな中で春画を鑑賞するのはいささか居心地の悪いものではあった。
