2015-09-10
肉筆浮世絵の世界展
8月中には行くつもりだったのに、なかなかタイミングが掴めずに9月を越えてしまった。しかも実際に会場へ行ってみると、8月と9月では一部展示作品を入れ替えたようなので、その分を観る事が出来なくて悔しい限りである。悔しいので図録を買った。
浮世絵の展示は掛け軸が多く、それが粒ぞろいのものばかりであった。しかしあまりに揃っているので展示自体の変化に乏しいという印象を持った。そこが何となく残念。変化があったと言えばいろんな絵師が描いた扇絵と、河鍋暁斎の新富座妖怪引幕だろうか。暁斎が描いた掛け軸も幾幅かあったが、やはりこの絵師が描く物は好きだなあと思った。
途中、春画のコーナーだけは入口に学芸員の見張りが付き、「十八歳未満は入場不可」の立て札が立っており、暖簾を潜って中へ入るようになっていた。予想に反して女性客が多く、年齢層は20代から70代くらいまでと幅広く、目配せし合いながら楽しんでいる年輩の女性客も居れば、真剣な面持ちで見つめている若い女性客も居た。しかしやはり、そんな中で春画を鑑賞するのはいささか居心地の悪いものではあった。
2015-07-31
Neville Brody
学生の頃に好きだったデザイナーの名前が長い間思い出せなくて、その事を思い出してはいろいろなキーワードで検索してみるが一向に見つからず、そしてまた忘却の川へと流してしまうという事を繰り返していたのだが、先々月の友人の一言で積年の謎が解けた。ネヴィル・ブロディ。長い間忘れていたくせに、その名前を聞いた途端に確信した。ここ最近では一番嬉しかった出来事ではないだろうか。
当時好きだったとは言え、余り詳しくは調べたりはせず、ただ「カッコイイな」とか「真似てみよう」とか考えていたに過ぎないので殆ど何も知らない。知っている事と言えば、当時の私の周りでは誰も持っていなかったマッキントッシュを使ってタイポグラフィックのデザインをしており(実はこの事実すら友人と話すまで忘れていたのだが)、雑誌「THE FACE」のアートディレクションをしている(これも雑誌「I-D」だと勘違いしていた)という事くらいだった。なので少し検索してみた。
- 世界の気になるデザイナーたち(5)ネヴィル・ブロディ
2008年の記事だが、その時点でブロディの名前を見るのが久しぶりだという筆者。 - スター・デザイナーに学ぶ
2011年の記事で、1990年代初頭のブロディと筆者の状況を比較しつつ紹介されている。 - デザイン界のドン Neville Brody×大日本タイポ組合によるフォントにまつわる対談!
恐らく2014年末頃の記事。ブロディの現在の活動を知る事が出来る。最後の「この職に就いたきっかけは?」という問いに対して「子供の時は、アートの道に進むと思っていたんです。でも、ある時、アートはビジネスで、デザインの方が誠実だと気づいたんです。それがきっかけですね。」と答えている。この部分に興味がある。 - Wikipedia : Neville_Brody
日本語版の記事には殆ど記述がない。なので仕方なく英語版。
ブロディと大日本タイポ組合の対談の中で気になる箇所があった。以下にそれを抜き出す。
ネヴィル:今の、日本の若いデザイナーはどうでしょうか?
大日本タイポ:ざっと見渡した感触でしかないですけど、みんな同じような均質的なアプローチをしている印象がありますね。
ネヴィル:そうでうすか・・・。日本は昔すごくラディカルな印象でしたが、今はおとなしいと感じていました。
大日本タイポ:昔は、ネヴィルが言っていたように制約があって、どうしようかってところで僕らはやってきたけど、今はリファレンスが蔓延している時代というのも大きく関係しているのかもしれません。ネタ元が明らかでそれ をみんなが共有している感じは受けますね。イギリスではどんな感じなんですか?
ネヴィル:似ていると思います。イギリスでは“デザインしないデザイン”というのが流行っています。デザイナーが関わっているのを見せない、デザイナーの存在を見せないデザインです。若いデザイナーはプロフェッショナルなデザインを拒否しているのです。昔のように、グラフィックデザイナーのスーパースターを目指していないのです。ある種のアンチデザインです。
――続いて、この職に就いたきっかけは?
大日本タイポ:実験し続けてたらここまで来たって感じです。
ネヴィル:子供の時は、アートの道に進むと思っていたんです。でも、ある時、アートはビジネスで、デザインの方が誠実だと気づいたんです。それがきっかけですね。
いずれも、非常に興味深い。
2015-06-09
花押
先日行った戦国大名展では各大名の「花押も紹介されていて、展示室の最後、出口の近くにそれまでとは別な扱いで展示されてた。さらに什器に埋め込まれた iPad に書道・水墨画アプリのZen Brush が用意され、「自分の花押を書いてみましょう」との由であった。私自身もつい最近になって花押の存在を知り気になっていたのだが、どうしてこんなにも取り上げられたのだろうと不思議だった。上記のウィキペディアの記事にあるように、印鑑の登場とともに花押は廃れ、現在では閣僚にでもならない限り使う機会はなさそうだが、何となく自分の花押は欲しい。そしてやはり自分で作ってしまった人も居るようなので、ますます欲しくなる。しかし使う当てはない。どうしたものか。
以下はメモ代わり。
- どうやら花押には幾つもの流派が存在するようで、その中の一つ「鶴川流のサイトには、各時代の著名人の花押の一覽ページが在る。
- 花押と使ったグラフィック・デザイン。とても格好良い。
- 曾我蕭白の花押であるそうな。さすが奇想の絵師である。
2015-06-05
戦国大名展
戦国時代の九州の各大名の家宝などを集めたもの。この展覧会の開催当初はあまり興味が持てなかったのだが、ここ暫く戦国時代物のドラマを観たり、小説や漫画を読んだりしていたものだから急に気になり始めたので、最終日に行ってきた。またしても気に入った物を列挙する。
- 太刀(伝大友寄進) 源国□ 鎌倉時代
- IHS七繁蒔絵螺鈿聖餅箱 作者不明 安土桃山〜江戸時代
- イエズス会宣教師書簡集 ジョバンニ・ペドロ・マッフェイ編 ドイツ(ケルン)
- 大友宗麟書状 大友宗麟 安土桃山時代
- 鉄皺革包月輪文最上胴具足 立花宗茂所用 安土桃山時代
- 短刀 吉光 鎌倉時代
- 小早川隆景寿像 玉仲宗琇著賛 安土桃山時代
- 鍋島直茂像 成富益峯筆 石田一鼎賛 山村俊之書 江戸時代
- 黒田長政像 江月宗玩著賛 江戸時代
- 金襴軍袍 作者不明 安土桃山〜江戸時代
- 梅に鴉図襖 雲谷等顔または雲谷等益筆 安土桃山〜江戸時代
- 婦女遊楽図屏風(松屏風風) 作者不明 江戸時代
- 瀬戸内海地図屏風 作者不明 江戸時代
色々な物が展示されていたが、やはり刀剣や甲冑、陣羽織などに良い物が多かった気がする。
ところで、刀剣は幾振りかが展示されていて、その前には女性の姿が目立った。これまでは刀剣の展示を熱心に観ているのはある程度歳を取った男性ばかりだったが、何故かしら今回はそうではなかった。別なフロアの一角で、刀剣のみの展示をしていたのでそちらも覗いてみると、そのコーナーに居る観客の7割りは女性客で、そのうちの何人か、若い女性達が熱心にメモを取ったりスケッチしたりしていた。その様子に執拗なものを感じたので不思議に思っていたのだが、ネットで知人に教えて貰った事には「刀剣乱舞」というオンラインゲームが若い人達の間で流行っていて、その愛好者達ではないかという話であった。内容は解らないが、刀剣そのものにそこまでの関心を持ってしまうとは、どんなゲームなのだろう。
2015-02-25
二月花形歌舞伎「伊達の十役」
友人の薦めで観てきた。これまで歌舞伎は歌舞伎座で二三回程度しか観ていないので、機会があれば馴染みたいと考えたのだ。
この歌舞伎は、博多座の演目のページから引用すると以下のようなものである。
仙台藩伊達家の御家騒動を題材にした四世鶴屋南北作の『慙紅葉汗顔見勢』通称「伊達の十役」は、文化十二年(1815)に初演されました。当時大どころの役者が夏の休暇をとったため、役者が揃わず、七世市川團十郎が登場人物十役を早替りで勤めるという画期的な企画で大当たりとなりました。『慙紅葉汗顔見勢』とは、恥も外聞も構わず大汗をかき、紅葉のように顔を真っ赤に染めて奮闘するという意味があります。(七世市川團十郎は当時25歳。後に「歌舞伎十八番」を制定)
その後、上演が途絶え台本も残っていない幻の作品でしたが、三代目市川猿之助(現・猿翁)が絵番付などのわずかな資料から新たな「伊達の十役」を生み出します。昭和五十四年(1979)に164年ぶりに復活上演された本作は、御家横領を企む仁木弾正)の物語を中心に、横軸では与右衛門と累の物語も絡み、善人と悪人、男女の十役を四十数回の早替りと宙乗りなどの仕掛けで見せるスペクタクルな趣向で大好評を得ました。今回、この十役を平成26年5月・東京の明治座でも絶賛を得た市川染五郎が演じます。
歌舞伎に関する知識などとんと持ち合わせていない私は予め予習をしてから臨んだのであるが、予想以上に楽しい観劇体験であった。以前の歌舞伎鑑賞の際にはそれほどには感じられなかったので、わりとうやむやな経験として記憶されるに留まっていたのだけれど、今回においては、更に歌舞伎に馴染んでいきたいと思えるような体験となった。とは言え、博多での歌舞伎の興行は年に二回程度のようなので、そうそう巡り会えるものではなさそうだ。
2015-02-20
城島酒蔵びらき
福岡に越してすぐにテレビのニュースでこの祭の存在を知り、去年もちゃんと憶えていたのだが何となく行かず、ようやく今年訪れる事が出来た。
混むだろうと予想して午前10時には電車に乗ったにも関わらず既に車内は混んでおり、西鉄三潴駅に降り立つと小さな駅の短いホームには乗客が溢れそうになっていた。当然シャトルバスも満杯で、次のバスを待つのが何となく嫌でそのまま歩き始めた。案内に拠ればメイン会場までは5km程度のようなので、メイン会場を目指しつつ酒蔵を幾つか巡ろうと考えた訳である。しかしこれは思ったより大変だった。一応ウォーキングコースとして道々案内が掲げられているので、決して無理がある距離ではないが、私はあちらこちらで写真を撮りながら歩いていたので結局二時間くらい歩き続けていた。訪れた酒蔵では料金を払って幾つかの銘柄を試飲して、しかし全部試飲していると酔ってしまって歩けなくなりそうなので数を抑えつつ、ようやくメイン会場に辿り着くと、そこには様々な飲食や物販の露店が建ち並んでいた。そしてそれを目当てに来ている老若男女の家族連れでごった返しており、予想以上に大きなイベントであった。
この祭の何が良いかって、酒好きの大人達が、酒蔵から酒蔵へ、ほろ酔いで気分良く喋りながら歩いているのにたくさん遭遇するところだ。とても幸せな時間だと思った。私がくたくたに疲れてしまったのは帰りも歩いてしまったからだが、買いたい酒がメイン会場になく、酒蔵に再び行く必要があったのである。来年はそういう事をするのは止めよう。因みに、別会場に出店していた喜久屋饅頭店の酒饅頭も美味しかった。
2015-02-16
成田亨回顧展
この展覧会の開催をまったく知らなかったのだが、友人に教えて貰い急遽行ってきた。成田亨の原画は、一昨年の秋に青森県美術館へ訪問した際に一部は観ている。その時は展示数も少なかった事もありさほどのものは感じなかったのだけれど、今回の回顧展は展示数は膨大で相当に中身が濃いものであったのでとても楽しめた。
私個人ではウルトラ・シリーズやマイティジャック、ヒューマンの原画が特に面白かったし気に入った。後者二つは殆ど観ていなかったと記憶するが、初期のウルトラシリーズはずっと観ていた。テレビの中で動いていたウルトラマンや怪獣たちが、スケッチや水彩画として改めて再現されたように感じ、とても新鮮でもあった。そして怪獣がとにかく格好良かった。子供の頃には不気味で恐ろしく感じていたはずの怪獣達が、大人の目で見ると随分違ったように見える。デザインした成田亨も、他の制作スタッフの人達も、こういう目で見ながら作り上げていたのだなと感慨深い。理解が深まったと考えて良いような気がするし、そう考えると、歳を取るのも悪くない気がしてくる。観る事が出来て良かったと思える展覧会だった。
この回顧展は青森県立美術館と富山県立近代美術館と福岡市美術館の三館共同開催であるそうで、富山と福岡での開催を経て最後に青森で開催されるようだ。
